元お笑い芸人がWeb業界に入ってがんばるお噺

元お笑い芸人で今はWeb制作会社のプロデューサーです。仕事のこととかを書きますが、落語のことも書きます。

広告=悪だという思い込みはやめませんか?日本人が広告を嫌いになってしまった理由と対策を考えてみた

日本人が広告を嫌いになってしまった理由

こんばんは。
みやしたんくです。

miyashitank.hatenablog.jp

前回は広告の歴史についてまとめた記事を書きましたが、そもそもあれを書いたのは「広告ってなんでこんなに嫌われているの??」という疑問からでした。 ぼくはWeb制作の仕事をしていて、特に広告のプロというわけではないのですが、広告って嫌われすぎじゃね?と思うんです。

昨今のスマホでよくある、明らかに誤クリックを狙っている広告なんていうのは言語道断横断歩道です。あれはほんとに駆逐されればいいし、あんな広告を許している企業の担当者は頭と手足のみ露出した状態で身動きが取れない状態のボートにいれ、ハチミツやミルクを無理やり飲まされ下痢にさせた状態で、汚い池に放置されればいいと思っています
※参照:スカフィズム(閲覧注意)

ぼくの小さな狭い世界では、広告が嫌われているといってもそのような「誰がみてもジャマな広告」が嫌われているんだと思っていました。
しかしこの件で意外だったのが「そもそも広告に対して嫌悪感をもっている人が結構多い」ということです。つまり表示方法がどうこうとかじゃなくて、「広告=悪(企業の都合の良いことしか言わないから)」と感じてる人が多いんですよね。

toksato.hatenablog.com

でも、一方で僕ら消費者が「広告だ!」と言う時点で過剰に避けていくというのも、悲しすぎると思うんですよね。

しかしこの記事でtoksatoさんが熱く語っているように、だからといって「広告=悪」とみなし、避けてしまうのはいかがなものでしょうか。

前回記事で書いたように、我々が豊かになるため、モノやサービスをたくさんの人に届けるため、広告は必須だったわけです。
みんな大好きインターネットだって、広告というビジネスモデルがなければ今のような便利なものになっていないはずなのです。悪いのはあくどい企業やその精神であって、広告そのものを嫌うのは筋が違うと感じるのです。

ということで今回は日本人が広告を嫌う理由を考察してみましたよ!
ちょっと長いんですがよろしくな!

結論から書きます。日本人が広告を嫌いになってしまったのはこの2つが大きな原因だと考えました。

1) 広告が単なる告知をするものから「コンテンツ」になった

2) 日本人は文化的に金儲けが嫌いである

それではそれぞれ詳しく説明します。

広告が単なる告知をするものから「コンテンツ」になった

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一つ論文を紹介します。

JAIRO | 広告と消費社会

こちらは社会学者で法政大学社会学部名誉教授でもある須藤春夫教授の論文です。 「広告と消費社会」というかなりアカデミックな文章ですが、広告に興味がある方はぜひ読んでみてほしい内容です。

  • 社会の変遷によって広告がどういう役割を担ってきたのか

  • 広告研究の方向性

  • 広告が社会に与える影響

というようなことが書かれた論文です。

興味深いのがこの部分。

第1章で述べたように,国内総生産の一定程度を占める広告投下量は,広告主の意図とは別に,広告それ自体が一つの「社会的事実」として存在していることを意味しており,それは広告がコミュニケーション行為であるがゆえに,人々の意識にかかわるメディア性を有しているのである。しかし,広告はジャーナリズムやファインアートとも異なる独自のメディア性をもっている。

チョトムズカシヨ!ナニイッテルヨ!

広告がもつメディア性とは

ついつい片言になってしまいました。
広告がもつメディア性というものを理解するためにはこの論文にもあるように日本の広告の歴史を振り返る必要があります。

まず大きな転機は70年代です。

高度経済成長期を経て,基礎的耐久消費財(主に,電気洗濯機,電気掃除機,電気冷蔵庫,テレビなどの家電製品)はほぼ普及するが,70年代に入ると「ライフスタイルの提案」という日本独特の「夢」として現れる。

“モーレツからビューティフルへ”(富士ゼロックス・1970)

“金曜日はワインを買う日”(サントリーワイン1972)

“愛情はつらつ”(丸井・同)

“ああ,スポーツの空気だ”(伊勢丹・1979)

“女の時代”(西武百貨店・同)
ここに挙げた広告コピーには,商品の実体,特徴を示すメッセージはみられない。高度成長の終焉を意識させ,その後に到来する新たな社会の方向性と生活のあり方を見直す提案となっている。

このように70年代ころからある程度消費者の基本的な欲求は満たされたようで、新しいライフスタイルを提案する「欲望創出型」の広告が生まれ主流になっていきます。

さらに80年代になるとこんな変化が生まれます。

80年代に登場した市場細分化戦略はその代表的なものであり,広告のメディア性を考察する上で重要な位置を占めている。
市場の飽和化は「売り手市場」から「買い手市場」への転換をもたらすが,これは売り手が商品,サービス,広告などのマーケティング手法を駆使して消費者を操作すれば商品が売れたポッター的広告理解の時代が終わったことを意味している。消費者のニーズに合わせた多品種の品揃えと商品のライフサイクルを早めて目先を変える必要があった。

広告もまた差異化を強調するものが主流となる。80年代初めに西武百貨店が連続して出した広告に,
“じぶん,新発見”(1980)

“不思議,大好き”(1981)

おいしい生活”(1982)

“うれしいね,サッちゃん”(1984
がその代表例といえよう。
これらの広告コピーには,70年代の百貨店が打ち出した「ライフスタイル提案」のメッセージはない。80年代の広告コピーは総じて西武百貨店の広告に見られるように,一見しては何をメッセージとして伝えているのか不明なものが多く,「ライフスタイル提案」は影を潜める。
~中略~
広告メッセージが訴求しようとする商品やサービスの実体から遊離し,メッセージそのものの面白さや芸術性に依拠するようになれば,受け手の側では広告を一つの独立したメディアとして捉えようとする傾向が強くなる。広告がその本来目的とは別に,受け手の美的な感覚,遊戯の感覚などに対する精神的充足や対象との一体感を生みだす独自の表現メディアとして作用してしまうのである。

80年代は日本はバブル経済だったこともあり「広告の成果をちゃんと数字でだせ!」とか言われなかったという側面もあるかもしれませんが、80年代になるとこのように広告そのものがコンテンツとして認識されていったのです。

メディア性という言い方は少しわかりづらいので、誤解を恐れずに言えばエンタメ性と言い換えた方がわかりやすいかもしれません。
消費者は広告に何かしらの「面白さ」をもとめるようになったということです。

しかしそれだけでは広告が嫌われた理由にはなりませんよね。
そこにはもう一つ日本人の文化的要素が大きく絡みます。それが「嫌儲思想」です。

日本人は文化的に金儲けが嫌いである

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日本流通学会という会でのこんな資料を見つけました。

広告-資本主義の形成プロセスと広告の展開

社会学者、広告学者で神奈川大学教授である渋谷重光教授が語った、マーケティングとしての広告が江戸時代・戦時中・現代という3つの時代でどのように変化していったかという見解とそれに対する質疑応答を書き起こしたものです。

そこでこのように語られています。

「買いなさい」という言い方に対する蔑視のようなもの、つまり「商」の姿を明らかに出すということに対する蔑視が、昔から日本にはあったのだろうと思うのです。
商売というのは卑しいものだという"賎商思想"ですね。江戸時代の多くのビジネス書にも出てきますが、「商人は利益を取る。けしからん」とか、「商売というものは、もともといい加減だ。商人と屏風は曲がって立つ」とか、「商人はどうしようもない輩である」というようなことを、江戸時代から、武家出身の思想家たちがしきりに強調します。

江戸時代にもビジネス書があったんですね!という驚きはともかく、江戸時代からこんな発想があったのです。 しかし現代人は流石に「ビジネス=悪」とまでは思っていませんよね。
ほとんどの人が何かしらの大なり小なりビジネスをしていますし、働くことはむしろ素晴らしいことだという認識があると思います。

しかしどこかに「商売をする=金を儲ける=悪」というような「嫌儲思想」が残っていることは間違いありません。

「早くコンテンツになりたい!」と言いながら迫害される広告

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広告というものは基本的には企業側がその商品やサービスを買ってほしくて出すものです。つまり商売そのものであるとも言えます。 必然的にその商売の太めの片棒を担いでいる「広告=悪」という認識がどこかに残っていても不思議ではありません。

しかし世の中にあるあらゆる広告がぼくたちがもっている「嫌儲」の対象にあたっているわけではありませんよね。

例えば駅のホームなんかにある「新しいゲームがでたよ!面白いよ!ダウンロードしてね!」という看板、よくありますよね。あれも広告ですがあれに対して「儲けようとしている!悪!即!斬!」という方はあまりいないと思います。

しかし「コンテンツ化した広告」だとぼくらは一つの作品として見てしまいます。テレビで言うと「ドラマ」に近づいているわけです。

ドラマの中で主人公が「この新しいゲームはおもしろいなーみんなダウンロードしたらいいのになー(字幕で絶賛配信中!)」って出てきたら、「儲けようとしている!牙突零式!」ってなるんですよ。

つまり今日本では「コンテンツ化した広告」が日本人の嫌儲センサーの対象になるという状況なのではないでしょうか。

ぼくらはコンテンツであるが故に「消費者のためのもの」という認識をもちます。実際上記したとおり、広告は消費者に寄り添った結果「コンテンツ化」していきました。
にも関わらず!コンテンツになった広告が「嫌儲」の対象になっているというなんとも皮肉な状況なのです。

まるで「早く人間になりたい!」と言って正義のために戦っているにも関わらず、時に迫害される妖怪人間ベムのような悲劇です。

こんな悲劇はもうやめませんか!
もちろん広告主である企業側も考えなければいけません。しかしぼくたち消費者側も考えるべきことはあるのではないでしょうか。

「清貧の思想」から「清豊の思想」へ

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日本人は清貧の思想というものが大好きです。本来清貧の思想とは「お金やモノを貪らない物質的な豊かさを求めるのではなく、精神的な豊かさをもとめようじゃないか!」という思想です。

要するに「自分の理念に生きるために、あえて豊かな(モノであふれた)生活を拒否する」という思想です。
それが何故か我々日本人は「豊かになるためには、理念を捨てて汚れなければいけない」という考えになってしまっています。
清くて貧しい or 汚くて豊かの2軸しかないと思いこんでいないでしょうか。 なんとなくそう思いこんでいる人は多いと思いますが、実はそれには何の根拠もなく、いつの間にか日本人に刷り込まれている悪しき認識だと思います。

ぼくの尊敬する藤野英人さんという投資家の方の著書にこんなことが書いてあります。

https://www.amazon.co.jp/dp/4061385208www.amazon.co.jp

・汚れてもいいので、お金持ちを目指す
・貧しくてもいいので、清らかさを目指す

典型的に言えば、金儲けに大成功している企業やその経営者は前者であり、ベンチャー企業NPONGOを立ち上げる人は後者だと思っているのです。

「清く豊かに生きることは可能であり、また"清豊"を目指すことが結果的に長期間にわたって会社を成長させることにつながる」

詳しくはぜひ書籍を読んでみてほしのですが、"清豊"でいいじゃない!ってぼくも強く思うんです。

SAY HO!!

…なんでもない!@サンシャイン池崎兄さん

これをお読みいただいているみなさんもお仕事をしてますよね?大なり小なりなにかしら社会に影響を与えてますよねきっと。
そうなると自分が働くことによってだれかに喜んでもらいたいですよね?いや自覚してなくてもですよ。喜ばれないよりは喜んでもらいたいはずなんです。

「そんな大それたこと考えてへんわ!自分がお金もらえればええねん!」

って人ももちろんいると思います。
それは全く否定することではありません。でも会社はあなたに給料を払うためにお金を稼がなければいけません。そのためには売上が必要ですよね。

なのになぜ企業が売上をあげようとする行為を嫌うことができるのでしょうか。 まあいいんですよ。感情として「嫌なもんは嫌だ!」って言うのであればそれはもうお好きにという話ではあります。

しかしその「自分がお金もらえればええねん!」はあなたがどこかに感じている「企業は自分のお金儲けのことしか考えていない!だから悪だ!」ということに思いっきりブーメランしてることは自覚していただければと思います。

消費者として正しい態度をとろう

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広告にコンテンツとしてのエンタメ性を求めてしまっているぼくたちですが、たちの悪いことにその求めているものを満たしたからといって実際の消費にいたるわけではないというところです。

いやしょうがないんですよ。この不景気の世の中で、スズメの涙ほどの給料で、子供が1人いて、毎月お小遣い制でカツカツの状態なんですよ(あくまでぼく個人的な話です)。
そんな状態で80年代のようなエンタメ性の高い広告を見たところで、「さーてお金払っちゃおっ」と簡単にはならないですよね?
いいなーと思うCMの商品をどれだけの人が実際に購入しているのでしょうか。

しかし広告主は自分たちの目的を達成する必要があります。その消費者の求めているエンタメ性を満たしても実際の消費にいたるわけではないのであれば、そこを無視するのは必然です。

広告をただの「情報」だと捉えれば、世の中の看板なんかのようにぼくたちは必要がなければ無視をすればいいだけです。
しかし「コンテンツ」だと意識すると途端に自分たち消費者のためのものだ!と感じ、嫌儲センサーが発動します。

それは消費者側の態度としてあまりにも身勝手だと思います。

コンテンツは本来無料ではありません。それこそ広告というビジネスモデルのおかげで、色々なコンテンツを無料で享受できていますが、本来はそこには対価が必要です。
無料だったり、格安でコンテンツを提供できているこの広告というものにぼくたち消費者は「感謝」こそすれ、「悪」だという思い込みはやはり筋が違います。

広告に限らず、良いと思ったら「良い!」と声をあげましょう。そしてできれば消費でそれを示しましょう。 それが正しい消費者の態度ではないでしょうか。

ご意見おまちしております。

いかがでしょうか。以上がぼくが考える日本人が広告が嫌いになってしまった理由とその対策です。

もちろん自分たちの利益しか考えないで騙すような広告を出したりしている企業は論外であるという前提です。

異論反論ぜひおまちしております! (共感もうれしいですよ!)

そもそも広告の発祥が気になったので歴史をひもといてみた

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こんばんは。
みやしたんくです。

タイトルにPR表記するべきか否か問題で思ったこと

先週からインターネット業界をにぎわせた、「記事広告はタイトルにもそれが広告であるように表記すべきか否か」という議論ですが、いろいろ盛り上がりましたね。

news.yahoo.co.jp

いろいろ飛び火した議論はあったものの、ぼくとしては徳力さんのこちらのブログで一旦落ち着くといいなあと思っています。
落ち着くというのは「じゃあタイトルにこう入れよう」って決めるという単純なことだけではなく、徳力さんが語ってくれたようにちゃんと目的を明確にして、みんなが自分たちが生きている世界をより良くするために考えていければなあということです。
もちろん徳力さんのブログにもあるようにステマとかあくどいことをやっている人たちが一番悪いし金属製の牛の中に入れて火で炙られればいいと思っています。
※参照:ファラリスの雄牛

この件はいろい考えることが多かったのですが、ふと思ったことがあります。

そもそもなんでこんなに広告って嫌われてんの?」

ということです。
議論になったのは広告の中でもインターネット広告、さらに言うとその中の記事広告についてでした。
しかし徳力さんが書いている通り、そもそもインターネット広告全体のこととして考える必要があると思うのです。

インターネットの広告だけではなくそもそも広告自体嫌われてる(と言ってもいい)

まず昨今Web界隈で「広告が嫌われてる」と語られるとき、大体がこの記事のようなニュアンスがあると思います。

www.advertimes.com

嫌われてるのは広告というより、表示方法じゃないかと。

テレビCMとか、新聞広告とか、駅貼りポスターとかは、どうでもいいと思われて来たけど、嫌われてはなかったよね、いまのネット広告みたいに。それが言いたかったわけです。

たしかに「インターネット広告、特にスマートフォンでの広告が嫌われている」という点ではこの記事で語られている通りだと思います。
ユーザー体験を邪魔しているから嫌われてしまって、そのためネイティブ広告という発想が生まれたわけです。フォーマットの話ですね。 これは去年話題になったネイティブ広告ハンドブックにも書いてある内容です。

しかしそのネイティブ広告ハンドブックには以下のようなことも書いてあります。

もともと「広告」は嫌われものであるという考え方は、古くからあっただろう。むしろ「広告」は視聴者が見ているテレビ番組や読者が読んでいる新聞や雑誌記事の合間にお邪魔している存在として、先達の広告人たちは考えていた。
出典:ネイティブ広告ハンドブック2017

もちろん親の仇のように「広告憎し!」という人はかなり少数派だとは思いますが、広告は嫌われ者だというのはインターネット以前の先人たちも考えていることなのです。
例えばテレビCMなんかは顕著ではないでしょうか。

もし広告が嫌われていなかったら、なぜ番組のとってもいいところの前にCMが入るのでしょうか。
それぞれのCM単体でいうと人気で好感度の高いものもあります。が、少なくとも番組そのものを見ているユーザーにとっては明確に邪魔なものなわけです。
だからこそ何とかして見てもらうために大事な部分の前にCMを流しているわけですよね。

ということは本当の意味での広告が嫌われている理由はそもそもインターネットだけの問題ではないと思うのです。

広告が嫌われていることの本質を考えるには「もともと広告は嫌われ者である」というところをなぜなのか問う必要があるのではないでしょうか。
そのためには記事広告、インターネット広告のことだけでなく、そもそも広告というビジネスモデル自体の成り立ちや歴史を学んでおくことで、何が問題でどうあるべきなのかということにつながるのではないかと思い色々調べてみたことをまとめてみましたよ。

ぼくは社会人歴もWeb業界歴も浅いので、詳しい方や当時のことを知っている方々はコメント等で「それはまちがってる!」とか「あのときはこうだったなあ」とかガンガンいただけるととてもありがたいです。

ただし!あの議論みたいになるのは嫌だぜ!

まずは広告という言葉の定義

ふと「世界で一番最初の広告ってなんなんだろう?」と思って調べてみるとこんなページを発見しました。

crd.ndl.go.jp

レファレンス協同データベースという、国立国会図書館が全国の図書館等と協同で運営しているサイトです。
一般のユーザーから図書館に寄せられた質問とその回答の中にありました。

説は色々あるが、おそらくエジプトのテーベの遺跡から発掘された 広告が世界最古と考えられる。

「逃げた奴隷を連れ戻したら100万円!」なんていう内容の広告が発見されたとあります。炎のチャレンジャーじゃないんだから。
なんとなく「それって広告?」という気がしますよね。

Wikipediaにあった定義を以下のようにまとめてみました。

  • 企業や非営利期間、個人の広告主が、
  • 広告主を明らかにして、
  • 対象者の利益および社会的利益の増大化を目的とし、
  • 人が直接的に語るメッセージではなく、広告主が管理可能な媒体で、
  • イデア、製品、サービスを告知し、説得するもの 出典:広告 - Wikipedia

ということになります。 前述したエジプトの奴隷探しの例は、アイデア、製品、サービスを告知し説得しているわけではないので、この定義では広告になりません。これはビジネスにおける広告だけではなく、政治的な宣伝や、非営利活動も含まれる広義な定義です。
しかし、ほとんどの人が広告というとマーケティングとしての広告、つまり「企業利益の増大化」が目的である商業広告を想像するのではないでしょうか。
ということは必然的に嫌われているのはマーケティングとしての広告であることは間違いありません。

マーケティングとしての広告の発祥

みなさんなぜ広告という概念や文化が生まれたのかを考えたことありますか?
ぼくは1985年生まれなのですが、普通に新聞や雑誌やTVは広告にあふれていたし、当たり前のものでした。なのでそんなこと考えたことはありませんでした。 大多数の人が同じような感覚をもっているんではないでしょうか。

そしてはっきりと「あれは広告だ!」と意識していないのが、街頭の看板や交通広告、待ちゆくかわいこちゃんがもっているファションブランドの名前が大きく入ったショッピングバックも広告と言えます。このように町に広告は溢れています。

我々は広告に囲まれて生きていると言っても過言ではありません。
しかし歴史的に見れば、きっと広告というものが生まれたきっかけがあるはずです。

ということで広告の発祥について調べてみました。

広告の発祥はT型フォードってどういうこと?

では広告というものは何故生まれたのでしょうか。調べてみるとこんな記事を見つけました。

ad-kakushin.jugem.jp

植田正也さんという広告業界の偉い方のブログです。ロシアで行ったという広告について講義を文章に起こしてくれています。

従って、現代広告の始まるのは、厳密に言えば、1908年フォードのT型乗用車の新発売からではないかと思います。 これはアメリカ資本主義経済が本格的に発展、成長していくときとも軌をいつにいたします。

ここで語られているのは「もーっと昔から広告っぽいもの(告知という言葉を使っている)はあったけど、
「「現代広告」の始まりはT型フォードが発売したこと」
だと語られています。さらに調べてみるとこんな記事が。

gazoo.com

フォードの歴史を語ったコンテンツなんですが、ざっくり言うとこのような記載があります。

  • T型フォード発売以前は、車と言えば高級車で一般人が買えるものではなかった。

  • T型フォードは徹底的な生産の効率化で、大量生産&低価格での販売を行った。

  • フォードの生産システムは現代の資本主義の象徴の1つである。

ということです。
フォーディズムなんていう言葉もあるんですね。いやー知らなかった。勉強になります。  

しかしこれだけではなぜT型フォードが広告の始まりかということとつながりません。
というわけでさらに調べてみるとこんな記事をを見つけました。

広告ビジネス(電通)の歴史

電通の誕生」についての記事ですが、最後にあの広告の鬼と言われた電通4代目社長の吉田秀雄が語った広告の定義が書いてあるので一部引用させていただきます。

「大量生産における広告というものは最もコストの安い販売手段なんです。人を使って一つ一つ商品の説明を一軒一軒して歩く。戸別訪問して歩くということだったら、ある種の商品では10倍ではきかんでしょうね。販売コストが安いから小売値段も安くなる。大量生産においては広告宣伝というものほどコストの安い販売手段はないということですね」

広告費というものはなんとなく消費者側からすると「余計にかかっているものでその分自分たちが払う金額に乗っかているのである」という感覚をもってしまう気がするのですが、逆に言うと広告がなければ、認知の無い企業や商品は営業なんかの販売コストがかかってしまうのは当然のことです。

この二つの話をまとめると植田正也さんが仰っている、「広告の発祥は1908年フォードのT型乗用車の新発売からではないか」というのは「アメリカでフォードが起こした(諸説あり?)大量生産の経済≒資本主義の高度化が「広告」の発祥であるということなんです。

…と言われてもね?高卒のぼくには「資本主義ってそもそもなに?美味しいの?」となってしまい腹落ちしなかったので、自分で考えてみました。

人が豊かになるために広告は生まれた

人間はより豊かな生活を求めた結果、色々なモノを手に入れること、消費することが幸せなんだと考えました。
色々なモノがフォードの車と同じように大量生産=大量消費の時代になり、あらゆるものが一部の金持ちだけでなく、大衆に手の届くものになっていきます。
それを実現するには低コストで商品を売る必要があります。

それはフォードのように徹底的な効率化ももちろん行われますが、それを知ってもらい買ってもらうためのコストも下げる必要があり、それには広告というものが最適であるということです。つまり

広告というものが生まれ、発展していったのは我々が求めた豊かな生活を支えるものだったということです。

日本での広告の役割は変化し、難易度が上がっている

日本で言うと戦後の高度経済成長期にはモノがそもそもありませんから、とにかく良いものを作れば売れる時代でした。
企業はいかに優れたものを作るのかを考え、それが競争となっていました。
その後経済が発達し、ある程度の大衆が同じモノを手に入れ、良いモノを作れば売れるという時代は終わったと言われていますが、消費がなくなってしまっては経済はなりたちません。
そうなると企業は

「こんな商品がでましたよ!」

という単純な告知型の広告から

「豊かな生活っていうのはこういうことなんだよ!だからこういうものがあるといいんじゃないかな!?」

という欲望創出型の広告に変わっていきます。大衆の基本的な欲が達成されてしまった後は、新しい消費欲を生みだす必要があったからです。
そうなると広告が果たすべき役割の難易度がかなり上がっていることが明らかです。
日本でも広告費用は増額してはいるものの広告の効果というものはどんどん疑問視されている声が大きくなっていると思います。

スマートフォンという社会を変えたデバイスが普及した今こそ、広告が担うべき役割というものを改めて考える必要があるのではないでしょうか。

to be continued…


いやー広告の歴史おもしろっ!!!!
発展していった広告の表現方法とか、社会に与える影響みたいな部分も様々な研究がなされていてすごく面白そうな分野なのでまた調べてみようと思います。

次回予告

次の記事ではそんな発祥をもつ広告がなぜ嫌われてしまったのかを考えてみたことを書こうと思います!お楽しみに!

タイトル予定「広告ってなんでこんなに嫌われてるの?ぼくが考える広告が嫌われた3つの理由」(仮)

マーケティングが得意なWeb制作会社は営業以外も会社の価値を理解すべき

先日久々にブログを書いたところたくさんの賛否両論コメントをいただきびびったみやしたんくです。
その節はみなさまありがとうございました。大変励みになりました!今後はどんどんブログ書いていきまっせ~!
…と言いながらすでに前回のブログから2ヶ月経ってしまっているというね。toksatoさんに怒られちゃいましたよ!ごめんて!

さて許してもらえたところで本日はtoksatoさんとの交換日記第二弾です。
交換日記についてはこちらtoksatoさんが書いてくれた記事で詳細を説明しているのでよろしければご覧ください。 toksato.hatenablog.com

toksatoさんが「なかのひと」になってからtoksatoさんと飲みにいったりメッセンジャーだったりで受託の制作会社との違いという話をたくさんしました。
そんな中で自分たちの会社の強みとか価値をすごく考えているときに思ったことをまとめてみました。
やや煽ったタイトルですが、煽られないでください。お願いします。

でははりきってどーぞー

Web制作会社で働くとスキルアップが求められる

f:id:miyashitank:20170605013518j:plain Web制作会社というのは何の因果かかなり個人の成長を求められます。なにせテクノロジーの進化が早いのでついていくために勉強もしなければいけませんし、Web制作会社が行う多くのプロジェクトはほぼ完全にオーダーメイドのため、その都度様々な能力を求められます。 (そうじゃない会社もあるのだろうけど)

Web制作会社にとっての財産は完全に人です。
人のスキルとそれによって出来た成果物を売っている仕事です。もちろん特定の人が辞めたらつぶれてしまう!なんてことにはならない(なったらそれは組織として破綻してる)でしょうが、やっぱり会社としては個人のスキルアップは非常に重要です。

巷にはWeb制作に関するスキルの記事は山ほどあります。ディレクションだったり、デザインだったり、コーディングだったり、それぞれに特化したブログを書いている人もたくさんいます。
それだけ世の中のWebに関わる人間はスキルアップを求められているのです。

個人にとっても自分のスキルアップは非常に重要なことです。単純に言えばスキルアップをし、それによって任せられる仕事が増え、成果を上げればよっぽどのブラック企業でなければ給料が上がります。さらに自分が今在籍している会社でだけでなく、転職する際だってスキルが高ければより自分の選択肢が増えるでしょう。
しかし、Web製作会社で働く上でとても重要なのにあまり取りざたされないことがあります。

それは「会社自体の売り物やその価値を具体的に理解すること」です。

営業以外のメンバーも会社の価値を理解すべき

早速今日の本題です。
あくまでぼくの定性的なイメージですが、自分のスキルアップに興味がある人は世の中にたくさんいます。しかし会社の売り物やその価値を理解することのプライオリティは全体的に低い傾向にあると感じています。

クライアントは何かしら理由があって自分の会社を選んだり、他社を選んだりしています。

みなさんは、なぜ自分の会社が選ばれているのか、そして選ばれていないのかを、理解しているでしょうか。

「営業さんが感じがいいから」とか「有名だから」とか「安いから」という制作にあまり関係ない(けれど重要な)理由であまり考えずに発注してしまうクライアントもいるかもしれません。

しかし新規の制作会社を探すクライアントのほとんどが複数社に提案をうけ比較検討した上で製作会社を選定します。例えばそんな制作会社を探しているクライアントに「他社との違いはなんですか?」と聞かれた時ににモゴモゴせずに回答出来るでしょうか。

「いやいやそれは私の仕事ではなく、営業やプロデューサーの仕事だよ!」

わかります。気持ちは重々わかります。そしてぼくは今の会社でプロデューサーなので、あまり全員が営業的な仕事ができてしまうと、居場所がなくなってしまい席が窓際になってしまいます。
実際にクライアントにプレゼンする力をつけなさいということではないんです。理解をしているかということが重要なのです。

自分たちの会社の売り物や価値を理解していないという状態を、逆の立場になってみて考えてみましょう。

売り物を理解していないドーナツ屋さん

f:id:miyashitank:20170605011823j:plain 例えばあなたが「オーガニックでおいしい!」という看板が出ているドーナツ屋さんを見つけて入ったとしましょう。
しかしドーナツの見た目は普段食べているミスタードーナツと違いがありません。
そこで店員さんに、「このドーナツはミスタードーナツと具体的にどう違うんですか?」と聞いてみました。
すると店員さんからこんな言葉がかえってきました。

「えーと…まあとにかくオーガニック?なんですよ。マジで。マジ自然?のやつなんすよ。なんか無農薬?みたいな。すげーうまいんすよ。…ウケるっすよね」

嫌じゃないですか?ミスタードーナツ行っちゃいません?ポン・デ・リング食べちゃいません? (ぼくはオールドファッションとポン・デ・黒糖をいつも買います)

「いやだからぁ私たちはぁ!店員(営業とかプロデューサー)じゃなくて、厨房でドーナツを作ってる人(デザイナーやエンジニア)だから!」

はいそうですよね。でもよく考えてください。

店員さんより厨房の人がこの調子だとなおさら不信感ありせんか?

だってなにがオーガニックなのかよくわからずにドーナツ作ってるんですよ。「ウケるっすよね。」じゃあないんだよ。黙りなさいよ。

いや最悪ね、ドーナツですから。いっても200円とか300円なんで買ってみて美味しければ良いんですよ。

「店員さんも厨房の人もすげーバカだったけどドーナツはおいしいね。また買いに来よう!~HAPPY END~」

ですよ。

しかしこれが一個3,000円のドーナツだったらどうでしょうか。よっぽど変わった人かyoutuberじゃないと買いませんし、買った上で不味かったらもう二度と買いませんよね。

Web制作会社の仕事は少なくとも数十万~数千万、億単位のプロジェクトだってあります。
ましてや受託のWeb制作会社が売っているものの多くはドーナツ屋さんのように商品をショーケースに並べて選ぶものではありません。他サイトの雰囲気や機能を参考にすることはあっても、まったく同じものを作ることはほぼなく、オーダーメイドなケースが多いです。
ドーナツ屋さんでさえ売り物を理解していないと不信感を抱かれるというのに、そんな高額でオーダーメイドの商品を売っている我々Web制作会社が売り物を理解することが重要でないと言えるでしょうか。

Web制作会社たくさんありすぎて実績で選べない

そこで売り物を語る上でよく使われるのが制作実績です。前述したとおりオーダーメイドかつ商品が手に取れるものではないので、実際の納品物をイメージしてもらうには一番わかりやすいものです。
しかしWeb制作会社は競合もとても多いです。ドーナツ屋さんであればその地域に数件程度でしょう。

全国Web制作会社リスト オンラインデータベース

このマイナビさんが運営しているWeb制作会社データベース(なんで見た目こんななんだろ。。?)によると東京都だけで779件ほどが登録されていました。登録していない会社も当然あるので、1000以上はあるのではないでしょうか。1000件の会社が各社実績を公開していることでしょう。似たような実績がある会社もあると思います。
そんな中実績で本当にその会社の売り物は理解してもらえているのでしょうか。

とは言えすべてのWeb制作会社が完璧に競合するわけではありません。なぜなら各社得意分野があり結果差別化をして住み分けているからです。
わかりやすい図をベイジ枌谷さんが書いてくれていますので引用させていただきます。

baigie.me とても考えさせられる記事です。このブログを書いてる時に公開されたので、何回も読みましたw
この文中の【Web製作会社における事業展開の方向性】という図です。

https://baigie.me/sogitani/wp-content/uploads/webpro011.png ※引用元:なぜ私たちは「web制作会社」という古臭くてダサい肩書を使うのか? | ベイジの社長ブログ

まず横方向の分野の拡大というのは見ての通りですね。Webサイトだけでなく、アプリ、ゲーム、IoTなどの水平の広がりをしていっているパターンです。
今まで存在しなかったテクノロジーの影響で新しい市場が生まれ、その市場で制作を行います。
売り物を語るとしたら実績がほぼすべてでしょう。アプリだったら今までどんなアプリをつくったのか、どのくらいダウンロードされているのか、なんてところがわかりやすくクライアントに価値を伝えられる内容だと思います。
(まあ昨今アプリ業界もそんな単純じゃないのかもですが) つぎは縦方向の業務領域の拡大です。デザイン、フロントエンド、サーバーサイドとかはわかりやすいところですよね。こういった会社もやはり実績がわかりやすい売り物の見せ方になるでしょう。

難しいのはベイジさんと同様「ビジネスへの貢献」つまりマーケティング領域を得意分野としている会社です。

マーケティングが得意!ってちゃんと伝えられている?

f:id:miyashitank:20170605014614j:plain クライアントはWebのプロでないのは当然ですが、マーケティングのプロでもないケースがほとんどです。そもそもマーケティングというのもの重要性を本質的に理解してもらうところからはじまるなんていうことも少なくないのが正直なところです。(ぼくが本質的に理解しているのか?ということは置いておきます)

この領域は全く同じプロセスを踏んで同じような成果物を作っても同じ価値にはなりません。例えばデザインであれば、「このサイトと同じデザインを作ってください。」と言われれば作れるでしょうし(やらないけど)、結果クライアントはOKを出すでしょう。
しかしこれが「ビジネスに貢献する」ということだとそうは行きません。過去実績でやったことと同じプロセスを踏んで同じ成果物を作ってもそれでビジネスに貢献できるかは約束できないからです。

レイヤーが違うのでどちらが良いとか悪いとかいう話ではなく、クライアントの「ビジネスに貢献する」というのはそれだけ難易度が高いということです。

もちろん実際に成果を出した実績があればそれはとても大きいアピールポイントになります。ただ受託のビジネスではリニューアルや新規でサイトをつくって付き合いが終わってしまったり、サイト以外の要因で成果が思うように上がらなかったりと実績としてアピールしずらいケースもあるのではないのでしょうか。その実績にも再現性があるかどうかというところもクライアント側からすると判断が難しいところです。

やはり実績だけではなく、別の何かでの説明が確実に必要なジャンルなのです

みんなが語れるようにするという言語化もそのひとつの手段でしかありませんが、非常に重要なことだと感じています。

みんなで語ろう会社の価値

f:id:miyashitank:20170605013205j:plain ここで言う言語化とは、クライアントに説明して「なるほどだったらここに頼んでみようかな」や、逆に「ここはうちが求めていることとちょっと違うな」とわかってもらえるかつ、社員が説明できる言葉にするということです。これは当然マーケティングが得意な会社に1つ絶対の正解があるわけではなく、各社が模索しなければいけないことです。

特にデザイナーさんやエンジニアさんは何となくですが、「マーケティングとかよく分からんし」とか「何となく苦手」という方も多いとは思います。そもそもそういうビジネスレイヤーにあんまり興味がない人も結構いますよね。
如何にイケてるデザインをつくるか、如何にイケてるコードを書くかってことを突き詰めることが好きって人が多いイメージです。

もちろん何かに特化してスキルを伸ばすことはとっても素晴らしいことです。しかし、ことマーケティングが得意な会社に所属している場合、それはまるでオーガニックが売りのドーナツ屋さんが、ミスドでもよくね?」って言ってるようなものだと思うんです。いや美味しいんですよミスドは。

会社のメンバー全員がマーケティングの知識をもっている必要はありません。それは役割分担なので営業やプロデューサーがやればいいことです。
会社の売り物を理解するということは、なぜ自分たちが選ばれているのか、そして継続して選ばれ続けるために、もっと選ばれるためにこの会社はなにをしているのかを理解するということです。
どんな会社でも必ず選ばれている理由はあります。そして選ばれ続けるために何かしら考えている人が必ずいます。それを教えてもらえばいいのです。

例えばぼくらプロデューサーです。プロデューサーや営業は社内メンバーにこういうことを伝えていくべきではないかと思うのです。自分たちの会社の価値を内部に啓蒙することも重要な業務なのではないかと思うのです。もちろん自分の営業としての仕事もあるので、自分で発信して伝えることだけでなく、組織の仕組みとしてあればベストなのではないでしょうか。

と、自分も下っ端なのに煽るようなことを描いてしまいましたが責任はぼくらだけにあるわけではありません!
経営者やマネジメントをするメンバーの責任でももちろんあります。

部下に経営者目線を持ってほしいと思う経営者、マネジメントの方は多いと思います。であればちゃんと自社の強みを言語化してメンバーにも伝えましょう。 なぜ我々が選ばれてきたのか、そしてこれからはどう選ばれていくつもりのか、ぜひ語って欲しいのです。

少なくともぼくはそういう会社で働きたいと思います。


2017/06/22 追記

toksatoさんのアンサー記事公開!

toksato.hatenablog.com

洋画の日本版ポスターを単純にダサいと言っちゃう風潮と「良さ」が理解できるということ

【交換日記はじめまして】

すっごく久しぶりのブログ投稿です。 「アウトプットしたいよ~」とか言いながら全くブログを書いていなかったみやしたんくです。

最近ふとFacebookで元会社の先輩toksatoさんが「日報をたくさん書いているでゲス」という趣旨の投稿をしていまして、かるーい気持ちで
「日報公開してくださいよw」
「いやできねえわw」
「じゃあぼくも日報いっぱい書いているんで交換日記やりましょう」
「それいいね」
ってことになり交換日記をすることにしました。

ぼくはWeb製作会社、いわゆる「そとのひと」として、
toksatoさんは事業者側のWeb担当、いわゆる「なかのひと」として、
色々意見交換できたらおもしろいんでないかね!というプロジェクトです。
(あとはぼくがアウトプットするための後押し)

toksatoさんとは

ブログに良いことをたくさん書いております。勉強になります。 toksato.hatenablog.com

とっても簡単に言うと
「Web制作とかWeb制作の先生とか何社か点々として結構偉くなって、「なかのひと」になったWebディレクター」 です。
toksatoさんの前職からのおつきあいでとっても仲良くさせていただいております。

みやしたんくとは

ぼくの自己紹介はこちら
このブログはこんな人が書いています - 元お笑い芸人がWeb業界に入ってがんばるお噺

会社のインタビューの方がわかりやすいかも
元お笑い芸人のプロデューサーに聞く "ツッコミュニケーション"とは | インテリジェントネットブログ

とっても簡単に言うと
「元お笑い芸人で未経験からWeb製作会社で「そとのひと」としてがんばっているWebプロデューサー」
です。

というわけで交換日記初投稿

一発目の投稿なわけですが、いきなり「なかのひと」とか「そとのひと」とか関係ない話を書いてしまいました。 どんな形であれアウトプットしないよりはするほうがいいはずなので、開き直っております! toksatoさんならなんとかしてくれるでしょう!

洋画のポスターが日本版になると途端にダサくなる問題

ようやく本題です。
洋画が日本で配給されるとタイトルが大幅に変わったり、ポスターのクリエイティブが変更されてなんでなん?と思うことありますよね。
まあ以前からちょくちょく物議を醸していた話題です。そんな話を同級生のwebデザイナーとかとFacebookで話していていろいろ考えたことをまとめてみました。

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結婚に踏み切れない男性に捧ぐ~ぼくが結婚を決意した最高にかっこいい理由~

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「なんで結婚しようと思ったの?」

既婚者の方はわかると思うんですがこれしょっちゅう聞かれます。
特に男性に聞かれることが多いです。相対的に女性は初期装備で結婚願望を備えており、男性の初期装備なんておちんちんぐらいですよね?実は最強の装備ではあるけど。鬼神降臨伝ONIってゲームで初期装備の木刀をとっておくと、じつは風林火山って最強の武器に変わるみたいなとこあるけど!

男性は(もちろん全員がそうではないけど)結婚というものに対してポジティブでなかったり、それどころか「結婚なんて人生の墓場だろ!」という結婚に対して最高のdisかます人もいるくらいです。

といっても世の中の交際相手のいる男性のほとんどは上記のような極端な人間ではなく、
「結婚はなんとなくしたい、もしくはするべきだとは思うのだけどなんとなくポジティブになれないし踏み切れない。だけど彼女からプレッシャーはかけられているので、とりあえず適当なこと言って後回しにしておこう。。今ちょっと仕事も忙しいし落ち着いてからとかなんとか言っておいて。。」
っていう程度だと思うんです。
そんな男性と付き合っている女性の方は今すぐ、世の中の全てのコンドームに穴を開ける禁呪を得とくするか、このブログを彼氏に見せてみましょう。

男性がなぜ結婚に踏み切れないのか

あまり結婚に対してポジティブになれないのは以下のようなデメリットを考えてしまうかららしいです。

△結婚すると自由に使えるお金が激減してしまう
△異性との交際が不自由になる
△プライバシーが大幅に制限される
△共同生活にともなう我慢、妥協、不自由を余儀なくされる
△自由になる時間が減る
△自由になる空間が減る
△結婚すると子供や家などで億単位の莫大な金がかかる
△子供の養育費の高騰(一人育てるのに3000万円とも言われている)
△家庭を持つと、転職や独立などの「挑戦」がしにくく保守的な生き方になる
△親戚づきあいなどが増え、わずらわしい
(恋タメ調べ 各種ランキングサイト、意識調査より抜粋)

参照サイト: 01. 男が考える結婚 そのメリット・デメリット part1 | 男の恋愛応援サイト【恋タメ】

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このブログはこんな人が書いています

はじめまして。
現在とあるWeb制作会社でプロデューサーとして働いているみやしたんくと申します。
プロデューサーと言うとすごくかっこいい感じがしますが、決してかっこ良くはないです。
ザギンでシースー的な感じではく、バシシンでルービーが関の山です。

みやしたんくって何者なの?

ブログのタイトルにもあるように、実は元お笑い芸人です。今の会社が初めてのいわゆるサラリーマンです。19歳~26歳くらいまで約7年間コメディしてました。
といっても全くテレビに出てなかったので誰も知らないはずです。nobodyknows芸人っていうのかな。全くココロオドラナイけどね!

まったくのWebどころか社会人未経験から今の会社に拾っていただき、それはもう社会の荒波に揉まれまくっております。
マジで唐揚げに下味をつけるが如くです。味染みこんでますわ~~~~。ビールのアルコール分で染み込みやすくなってるわ~~~~~。

今じゃパソコンのことPCって言うし、すぐリソースとかアサインとかエビデンスとかカタカナ語使っちゃいますよ。すごい成長です。

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【Small IAさみっちょ】レポート

僕が働いている会社の社長が発起人の1人である、『Small IA さみっちょ』というイベントにお手伝いしつつ参加してきました。

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https://atnd.org/events/68436

定員30名程度で募集し、早々に満席になってしまったため参加できなかった方も多かったと思います。
そんなみなさんのためにレポートを!
(だいぶおせぇぞとか言わないでください)

 

このイベントは以下の4人のメンバーが発起人として立ち上げたイベントです。

  • 森田雄さん(ツルカメ)
  • 坂本貴史さん(ネットイヤーグループ)
  • 村越悟さん(グッドパッチ)
  • 和田さん(よっ!弊社社長!)

プログラムはこんな感じ。

  1. Small IA 宣言 (森田さん)
  2. LT1 Big IAが有名な会社のSmall IA (ゆいぴょんさん@コンセント)
  3. LT2 コンテンツ企画とページ設計の境界線はどこにあるのか? (足立さん@イントリックス)
  4. LT3 Small IAよもやま話 (仮) (吉岡さん@リクルートジョブズ)
  5. パネルディスカッション (ネットイヤー坂本、グッドパッチ村越、インテリジェントネット和田、ツルカメ森田)


さらにそれぞれのライトニングトークやパネルディスカッションをDeNAの和波さんがグラフィックレコーディングするというおまけ付きでした。
こういうのです。

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似顔絵かわゆす。。!

 

話を聞きながら、要点をわかりやすくイラストなどを駆使して描いていきます。
「このまちだいすき」で最後に描くっぽい絵ですね。
このまちだいすきでは最後にまとめて書いてるんで、生で描く分このまちだいすき超えは堅いです。
(しかもかわいい女子ということでマシマシです)

森田さんからSmall IA 宣言

森田さんのBig IA/Small IAに対する考えについてはこのブログで語られています。

森田さん曰く
「口先だけのコンサル的な人≒Big IAなんてくそくらえだ。一生ワイヤーを書く人≒Small IAこそがプロジェクトを回しているのだ!つまりIAというのはSmall IAのことなのだ。我々はSmall IAであると高らかに宣言しましょう!」

 

というイベントです。
そんなSmall IAの人間が集まって情報交換、意見交換をしましょうということなのです。
ちなみにBig IA自体を否定しているわけではなくBig IAとか言っているやつはSmall IAやったことない口先だけの人ばっかりだという話です。本来はSmall IAができないとBig IAなんぞできるわけねぇ!というのが森田さんの意見。

 

始まる前から喋る側も聞く側も飲み始めるという非常にアットホームな雰囲気でした。
しかも、普通にお客さんが「後ろの方の人~飲んでない人いますか~」という感じでビールを配っていたりして、あれ?親戚の家に遊びに来たんだっけ?どうする?花札やる?と錯覚するほどです。

 

全体としてはSmall IAというスキルをBig IAとの比較という視点で考えるというところが大きな特徴だったと思います。
この部分に関しては僕のようにあまりIA経験の無い人間にとっても非常に興味深い内容でした。

ではそれぞれのプログラムのまとめと感想をば。

【Big IAが有名な会社のSmaill IA】ゆいぴょんさん@コンセント

トップバッターはコンセント所属ゆいぴょんさんのライトニングトークでした。
まだ26歳!お若いのにもかかわらず、しっかり自分の考えをもって業務をしていて、良いものを作りたいんだ!というのがすごく伝わる堂々としたお話っぷりでした。
3行でまとめるとこんなお話。

  • コンセントにはビジネス的なゴールを意識した設計をするIAとUI的機能の肉付けをするIAの2パターンの職能がいる
  • 進め方によってはそこがぶつかる時もあるが、どちらの目線も必要だ
  • 内戦を恐れず、協力をおしまず、どちらも目線からも設計をしましょう!
     

個人的には一番話を深堀りして聞いてみたかったという印象です。なんせ時間が一番短かった。。
プロジェクトの全体像の中でだれが何を握っていて、その2つのIAは具体的にどう絡むのか、納品物は誰がつくるのか、それはどういう形なのかとか。もはやコンセントさんの仕事の進め方への興味ですね。
森田さんが言うところの「Small IAをやってないやつが、Big IAをやってんじゃねえ」問題なのであれば、それは組織の問題なのかワークフローの問題なのか個人のスキルの問題なのかその複合なのか、是非いろいろ聞いてみたいです。

 

森田さんからはこんな意見が。
「コンセントさんのようにBig IA/Small IAを分業するのは合理的ではあるが、Small IAをやっていればBig IAはできるようになる!がんばれ!!」
というありがたい言葉をゆいぴょんさんに捧げておりました。
(すでにビールでごきげんなご様子ではありました)

 

このセクションでは弊社社長の和田さんがゆいぴょんさんに真面目な質問をしているのにも関わらず、森田さんがコンセント長谷川さんをいじる発言をし、「今日はそういうの無しって言ったじゃん!」と強めにツッコむという事案が発生しました。
先に言っておきますがこの後も同様の流れが数回起こります。天丼ですね。勉強になります。


【コンテンツ企画とページ設計の境界線はどこにあるのか? 】足立さん@イントリックス

イントリックスさんはBtoBに特化した制作会社で、コンサル、Web制作、システムもろもろやっているそうです。
そこで、PM、プロデューサーのマネージャーをしている足立さんのライトニングトークは、コンテンツ企画とページ設計の境界線についてです。
サイト全体ではなく単一ページ内の設計についての実際エピソードを踏まえたお話でした。

 

3行でまとめるとこんな感じ

  • 企画時点でレイアウトを提案しFIXしていたが、そのレイアウトでは機能的?に問題があり揉めるという案件が発生
  • 企画段階で制作のメンバーを加えるのはコストがかかりすぎるが、設計をする人に制作的な知識まで求めるものはきびしいのではないか?
  • 役割分担では解決できないように感じてはいるが、なんでもできるスーパーマンに依存しないようにしたい!

 

結論どうしたらいいのか悩んでていろいろ試行錯誤してます!というお話でした。
ゆいぴょんさんのLTでもでてましたが、内部でのBig IAとSmall IAのぶつかりとか齟齬というのは割りとメジャーな問題なのですかね。

 

このセクションでは森田さんから「この問題を解決する方法を知ってます!」という宣言がでました。

・まず最初は構成要素を過剰書きにし、優先順位のみを決める。
・いきなり画面構成的なものにしてもよいが、レイアウト指示書ではなく、あくまで「左上が優先度高、右下が優先度低」というルールを明確にする。
・その後機能的な制限などでレイアウトが変わっても、構成要素と優先順位を握っておけばいいのだ!
というやり方です。
※割りと意訳してます

 

ワイヤーをレイアウト指示書にしてしまうのはよくないということですね。
たしかに画面設計を作ろう!となるとついレイアウトを考えがちですが、そもそも何をどういう優先度で置くのか、というのが前提にないといけません。
各成果物が「何を決めるためのものなのか」を明確にするというのは非常に大事というお話でした。
これはきっとプロジェクトの性質やアサインされるメンバーのスキルによって変わっていくものなのかもしれませんね。

 

【Small IA よもやま話(仮)】吉岡さん@リクルートジョブス

3行で書くとこんな感じ。

  • とにかくいろんな会社でいろんな形で設計に関わってきた
  • Webサービスやアプリの設計といわゆるサイト制作の設計は進め方が違う
  • いろんな経験がすべて活きてるからみんながんばろうぜ!

超絶はしょってます。
実際は一番時間も長く、各会社での具体的な手法の話やそこで得た話があったのですが超絶はしょってますよ。

 

。。正直に言いましょう僕にはついていけなかったです!
もっと設計に特化している人(特にwebサービスとかアプリの設計をやっている人)だったらすごくためになった話だと思います。具体的な手法とか事例とか満載でしたし!
ごめんなさい吉岡さん。。僕にはまだ早かった。。精進します。

 

■ディスカッション兼懇親会

LT終了後は、和田さんがモデレータとなり主催者4人のパネルディスカッションです。
みんなでピッツァを食べながら4人の話や参加者が意見を投げながらワイワイと進みました。
ここの話は弊社社長が自ら自社ブログに書いた内容が主ですね。よかったら見てみてください。

 

なんか僕も結構後半酔っ払っていたので、ふわふわしてましたが結構言えないような話がたくさんでてたような気がします。
あと森田さんによるコンセント長谷川さんいじりの天丼も。

 

■まとめ

とにかくアットホームで忌憚のない意見交換がなされたすごく良いイベントだったと思います。
各会社やり方は違えど、みなさんいろいろ考えてらっしゃる。。!

BigやSmallというポジショニングはともかく、いかにしてより良い設計をするのか?ということをみんなでけんけんがくがくするのは楽しいですね。お酒も入っているし。

 

「今まで通算1万ページ以上ワイヤー書いている人~?」
という森田さんからの問いかけがありましたが、そういう人であれば特にこのイベントは楽しめたと思います。
第2回もあるのかな?その際にはぜひうちの会社内でもワイヤーをばりばり書いているメンバーに参加して、ぜひけんけんがくがくして欲しいです。